あの時のあの味、忘れられない味

筍の思い出

昭和41年、おたべを発売するにあたり主人は、漫画家として活躍されていた、今は亡き おおばひろしさん に、「パッケージおデザイン」をお願いしました。
当時売れっ子の先生でしたが、幸い快く引き受けてくださいました。 ある年の4月の下旬に、ご家族で京都へ来て頂いた事がありました。もう京都の桜は、散った後でした。京都の奥、花脊にある常照皇寺の九重の桜なら今時分満開だろうと思い、お食事は花脊にある、摘み草料理で有名な「美山荘」に行く事になりました。美山荘に行くにはいつもなら、鴨川に沿って北へ、そして上賀茂、鞍馬を通って行くのですが、この時は、紅葉で有名な高雄から、北山杉の中川、8月24日に松上げの行事をする広河原から常照皇寺に行きました。それはそれは見事な「九重の桜」でした。程よくお腹のすいた頃に、美山荘に着きました。美山荘は代々、峰定寺の宿坊だったのですが、三代目さんが摘み草料理を始められ、料理の素材や、凝った器等、いつも心のこもったお料理を出されます。特にあの時の筍といたどりの煮物の味は今もはっきり憶えています。あの分厚く切られた筍にしっかりと味がしみているのです。そして筍のであいもんは、いつもならわかめなのですが、この時はいたどりでした。いたどりは、桜の花の終わるころ、おまたせしましたとばかりに、生え出てくるそうです。20センチ位のアスパラのようなものから、一メートル程になるのもあると聞きました。ただとても酸味がきついので湯をかけて一昼夜つけるそうです。 おおば先生が、京都の桜の終わる頃に来ていただいたお蔭で、常照皇寺の「九重の桜」も見る事ができました。今まで知らなかった「いたどり」も賞味することが出来ました。これも先生との出会いがあり、いろんなものや、おいしいものの出会いが、いかに大切な事か改めて思いました。

端午の節句と粽

5月5日は端午の節句です。端午の端は、はじめという意味で、端午は月のはじめの午の日ということになります。
もともと古い中国での行事で、薬草を摘んだり、また高い薬効をもつ、菖蒲をひたした酒を飲んだりして、邪気を祓い、無病息災を祈る風習から始まったと言われています。 日本に伝わってからは、時代を経て、「菖蒲」が、「尚武」に通じるところからそれまでの単なる厄よけの行事でなく、男子の成長と武運を祈願する祭礼にと変化しました。また、節句のお飾りとして、鎧や兜、五月人形を飾ります。お供えとしては、柏餅と粽を供えるようになりました。この粽もやはり中国から伝わったものだそうです。中国の賢人、屈原という人の死を悼む供養の伝説からきてるようです。毎年、5月5日に竹筒に米をいれ、水に投じて祈っていたのが、後に、木の葉で米を包み、糸でしばった粽になったようです。日本に伝わってからは、笹の葉で包んだおしんこや、葛のお菓子として、作られるようになりました。 端午の節句になると、義母の友人だった林さん(りんさん)の中華風おこわを食べたくなります。結婚して最初の男の子が授かった時でした。林さんは、台湾出身の華僑の方と結婚されておられたので、赤飯でなくて、中華風おこわを、お重一杯つめてお祝いにかけつけてくれました。干し海老や、干し貝柱、豚肉、椎茸の入った少し濃厚な味のそのおこわは、今まであまり味わったことのない味でした。二番目は、女の子でしたが、お重一杯の中華風おこわをたいて、お祝いに駆けつけてくれました。この時は、不思議に前の味を憶えていて、本当においしく思いました。その後も、何かお祝い事があると、よくこの中華風おこわを頂きました。林さんは、大家族で生活しておられたので、何かある度にこの中華風おこわを、よく作られていたそうです。今は一人暮らしになり、あまり作らないと言われていました。先日、「久し振りに作ったえ!」と、タッパーに一杯つめて持って来て下さいました。もう八十歳は出ておられますが、味は少しも変っていませんでした。

肉じゃがとすき焼きの思い出

5月、6月の野菜は、どれも柔らかくて美味しく感じます。玉葱や、じゃがいも、キャベツ等、普段いつもある野菜ですが、新物はやっぱり柔らかく、
甘味があると思います。この頃北海道から、新じゃがを宅配してもらっています。早速、肉じゃがを作ってみようと思いました。我が家は、いつも三嶋亭の細切れで肉じゃがを作ります。その日は寺町三条の本店まで足をのばして、細切れを買いに行きました。京都にある三嶋亭は、創業百二十年になるそうで、この本店は明治の頃を思わせる町家風の趣のある建物です。店頭には、美味しそうなロースやヘレ等が並べられていますが、お座敷ではすき焼きも食べれます。 すき焼きが大好きな、亡くなった義父が、「いっぺん家族揃って、三嶋亭のすき焼きを食べに行きたいなー」とぽつりと言われました。その日はみんな揃っていたので、早速行く事に決まりました。三嶋亭の下足番のおられる玄関を入り、昔の遊郭のような階段を上がり、奥まった、こじんまりとした部屋に案内されました。赤い塗りのテーブルの中央には、三嶋亭特製の八角の鉄の鍋がおかれていました。やがて仲居さんが、すき焼きの材料を運んでこられ、この鍋に手際よく油をひいてから、まずは、少し甘すぎるかなと思う程の砂糖と、特製割り下でお肉を焼いてくれました。それはそれはとろけるようなおいしさでした。 次に野菜など入れて水分が少しでたところで、またお肉を炊いてくれました。二回目のお肉は、濃厚な一回目の味とは違い、品のある味でした。義父は、孫達と大好きなすき焼きが食べられて、大満足のようでした。 「肉じゃが」といえば「おふくろの味」の定番のようですが、おばんざいと言われる家庭のおかあさんの味は、誰もが求める味、ホットした味だと思います。三嶋亭の細切れの肉で作っている我が家の「肉じゃが」は孫達も大好きな一品になっています。

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